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けい

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暖簾・・・山崎豊子・・P207

図書館には古くなったなどの本を「ご自由にお持ちください」と言うリサイクルコナーがある。そこでちょっと持ち歩くのに便利な文庫本や雑誌類を頂いてくる。

今回見つけたのが、以前沈まぬ太陽・白い巨塔・大地の子などの長編を書かれ読ませて頂いた、山崎豊子さんのデビュー作だった。初版が昭和35年、昭和48年16刷、値段はなんと140円、なかなかの古本。

大阪で生まれ育った山崎さんにとって「大阪商人」を描くと言う事が、本を書き始めるにあたっての出発点と考えられていたそうだ。
その中でも特に大切にされていたのが船場で商いをする老舗の「暖簾」。これは商人にとっての命でもあり、庶民にとっての旗印だったそう。

明治29年3月初め、15歳の八田吾平はたった三十五銭を握り締め、淡路島から大阪に出てきた。日清戦争後の好景気で大阪の街にはお金がころがっていると聞きいて、いてもたってもいられずに出て来たのだった。

口入屋も見つからず途方にくれていた吾平に、声を掛けたのが偶然出身が同じだった「浪花屋」の旦那さんだった。その日から吾平は「吾吉」と丁稚名に変え、必死に商いを覚え、やがて13年後には1人前と暖簾を分かたれた。
時代は移り変わり、世界大戦となって息子達は出征、追い討ちを掛けるような旧円の封鎖、それでも吾吉は暖簾を守り耐え忍んだ。
ラバウルから帰還した孝平と共に復興に取り掛かったが、年老いても味だけは誰にも手出しさせなかった為か、商い品の昆布の中で倒れ息を引き取る。

その後、孝平、やっと帰還した忠平とそれぞれの持ち味を生かして父のあとを何とか守っていく。

ページ数こそ短いが、文字も小さい上に濃い内容、始めて触れる大阪の商人の心意気はずっしりと重かった。綿密に調査して書かれる本はその後の作品にも通じる。途中闘病生活も経て書いたとのあとがきが心を打つ。

吾吉・孝平と2代に渡って守られた暖簾の重みを感じつつ読み終えた。私にとって時代は古くても新鮮な本だった。
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山崎豊子

山崎豊子山崎 豊子(やまさき とよこ、本名・杉本豊子、1924年11月3日 - )は日本の作家。大阪市生まれ。旧制京都女子専門学校(現京都女子大学)国文学科卒。来歴・
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